【ルクセンブルクワインラボ 研究員紹介】

  • 松野所長:一応ワインスクールで学んだ、なんちゃってワインプロ。ルクセンブルクワインを日本で広めるという密な野望を持っている。
  • 中丸研究員:ラボ一番のエピキュリアン兼グルマン。美味しいものの話になると目の輝きが違う。ワインと料理のマリアージュには興味津々。
  • 石黒研究員:「いつかは資格を」と、高い志でワインの勉強会や試飲会に積極的に参加するが、気がつくと楽しく飲んでいる、生粋のノムリエ。
前回までのあらすじ】折に触れてルクセンブルクワインの知識を深めていくルクセンブルク貿易投資事務所のメンバーによる研究会「ルクセンブルクワインラボ」。ルクセンブルクのクレマン、オレンジワインの次のテーマは・・・。

第3回『クールクライメイト産地ルクセンブルクと地球温暖化 – ドメーヌ・セプドール』前編

:ソムリエ協会さんから、今年のソムリエ試験の公式教本が届きました。なんだか、年々厚くなっている気がします。

:これを全部覚えるんですか?大変な試験ですね。

:少しづつ情報が増えてきてますしね。ルクセンブルクも昔は入っていなかったんです。

:いつから加わったんですか?

:2017年です。この教本に含めて頂いたおかげで、日本でもルクセンブルクがワイン生産地として広く認知されるようになりました。記載情報については、毎年、食料産業新聞の森田記者がルクセンブルクのワイン・ブドウ機構と連絡を取りアップデートして下さっています。

:いざとなったら、この教本を頼るのが正解ですね。暗記は厳しいですが・・・。

:プロ向けですしね。

:たしかに、僕たちがよく質問されるのはもっと基本的なことですね。

:例えば?

:「どこで買えますか」が一番多い気がします。

:あとは「赤ワインはありますか」も多いです。いつも白ワインとクレマンをお出しするので。

:赤ワインについてのご質問への答えは、30年前と今では違うんです。

:ルクセンブルクに赤ワインはありますよね。少量ですが、日本のインポーターさんの取り扱いワインや大使館のワインセラーにもありました。

:ということは、30年前にはなかったんですか?

:ワインラボの次のテーマが見つかりましたね!それでは、「(日本の)どこで買えますか」「赤ワインはありますか」の2つの問いに同時に答えることができる生産者を取り上げることにしましょう。ドメーヌ・セプドールです。

 

ドメーヌ・セプドール(DOMAINE CEP’DOR

先祖がフランスのロレーヌからこのモーゼル渓谷の地に移り住んで以来、1762年からブドウ栽培を続ける一族。

現在の当主、ジャン=マリ・ヴェスク氏は、栽培したブドウを協同組合に売るというそれまでのやり方を変え、1995年に自らワイン造りに乗り出した。

現在、娘のリサさんも加わり、ファミリーで年間9万本から12万本のワインを造っている。

ワイナリー名の”Cep d’Or”は、「黄金のぶどうの木」の意。

ワイナリーがあるのは、モーゼル地方の中部、スタッドプレディミュス。

 

:ルクセンブルクの赤ワインの話をする前に、「ワインベルト」って聞いたことがありますか?

:ないです。地理の教科書で出てきた「太平洋ベルト」は工業地帯のことなので、ワイン造りが盛んな地帯ですか?

:はい、北緯30~50°、南緯30~50°をそう呼ぶのですが、伝統的にブドウ栽培に適した地域で、多くのブドウ畑やワイナリーがあります。ルクセンブルクの緯度は49°あたりなので、ワインベルト最北端に近いですね。

:ヨーロッパの地図に緯度50°の線を引いて見ると面白いですよ。フランスはワインベルト内に国が殆ど入っていて、ドイツは1/3が50°線の南にある感じ…、ルクセンブルクのモーゼル地方は線にかぶるくらいですね。

:ブドウ栽培には一定以上の気温と日照が必要なので、このざっくした区切でワイン生産地の見当がつきます。ただ、土地ごとの個別の気候条件があるので、緯度だけ見ると厳しそうな場所でもブドウ栽培に恵まれ環境になる場合があります。

:ロンドンは50°線の少し北ですね。たしかにイギリスはワインのイメージがないですけど。

:ところが、最近はそうとも言えません。30年ほど前から近年地球温暖化の影響でシャルドネやピノ・ノワールも育つようになり、最近ではイギリス王室が海外の賓客をもてなす際に自国のスパークリングワインを使うまでになったと聞きます。

:そのうちジェームズ・ボンドもシャンパーニュからイギリスのスパークリングワインに鞍替えするんでしょうか・・・。

:最近の007映画「ノー・タイム・トゥー・ダイ」では、まだシャンパーニュ、ボランジェでしたね。シャンパーニュにはやはり素晴らしいメゾンがたくさんありますから、容易に覆らないでしょうね。

:ルクセンブルクのクレマンもとても美味しいと思います。

:すみません、また脱線しました!ルクセンブルクの赤ワインの話でした。今のイギリスの話にあったように地球温暖化がこの数十年世界のワイン生産地に影響を与えているんです。ルクセンブルクも例外ではありません。

ルクセンブルクでは、気温が低く日照も少ないので赤ワイン用のブドウは十分に色付かないとされてきましたが、ピノ・ノワールは主にクレマンのブレンド用にごく僅か栽培されていました。1975年から2020年のブドウ品種別作付面積の推移のチャートがあります。

:エルブリングやリヴァネールが減っている一方で、ピノ・ブラン、ピノ・グリなど随分増えてますね。

:ピノ・ノワールも2000年から急増しています。

:地球温暖化の影響が1990年代から現れ、ちょうど2000年くらいから、ルクセンブルクのピノ・ノワールワインが市場に登場したのを覚えています。当時、実験的に協同組合が作っていた程度でしたが、色がまだ薄くオレンジがかっていました。イギリスのワインライター、Tom Cannavanが2002年のルクセンブルク・のピノ・ノワールの試飲の感想をブログに書いていますが、なかなか辛辣です。「2002年は例年より熟したブドウを使ったと聞いたが、特に興味を惹かれるものではなかった。酸味の強いサクランボを思わせるが、果実味やボディ、フィネス、複雑さに欠けている。もし2003年も同様なら、ピノ・ノワールはあきらめた方が良い。おそらく、赤ワインを生産するには北すぎるのだ。アルザスでさえピノ・ノワールで良いワインを造るのに苦労している。」とコメントしています。

:たしかに厳しい評価ですね。

:ただ、地球温暖化の影響はCannavanが想像したより大きかったんでしょうね。ルクセンブルクではピノ・ノワールをあきらめるどころか、生産を拡大し毎年のようにより良い結果を出しています。今日は、2014年ヴィンテージのこちらのピノ・ノワールを試飲してみましょう。

  • ドメーヌ・セプドール “ピノ・ノワール  スタッドプレディミュス フェルス” 2014

(ピノ・ノワール100%、アルコール度数 13%)

:ワイナリーの名前「黄金のぶどう」がデザインされているエチケットがインパクトありますね。ピノ・ノワールのノワール(=黒)をイメージしてラベルの背景が黒いのかも。

:グラスに注ぐと、赤茶色というかレンガ色に近いですね。

:すごく濃厚な感じはしませんが、熟成を感じさせる色合いです。

:香りには、ベリー系の甘酸っぱさに加えて、古木のようなニュアンスもありますね。

:はい、果実味と同時に土のような、何となくスモーキーさを感じます。

:それでは、ルクセンブルクのピノ・ノワールがどこまで進化したのか、味わって確かめましょう。

:口に含むと、しっかりしたボディですが、香りから想像していたより重くないですね。

:タンニンもある程度ありますが、酸味がしっかりしているのでキレが良いです。バランスよく仕上がっていますね。

:甘味は控えめで食事を邪魔せず引き立ててくれそうです。

:どのようなお料理と合わせるとよさそうですか?

:ジビエですね。鹿肉やイノシシ、鶉など、日本でも食べられるところが増えてきていますね。

:私は、スイーツと合わせたいです。濃厚なチョコレートが絶品のザッハトルテ、あとはシュヴァルツヴァルトと呼ばれる、ドイツのケーキも良さそうです。

:なるほど。ココア風味のスポンジ生地に生クリームとサクランボのコンポートを挟んだ伝統菓子ですね。あの甘さを控えた大人の味にピノ・ノワールは最強でしょうね。

:私は、このスモーキーな香りからの連想で、薪火焼きの肉料理や、燻製が浮かびました。ソースなどで凝った料理より、素材のうま味とこのワインを楽しみたいです。

:葉巻もいいかもしれません。

:和食も、うな重や豚の角煮など、甘辛い味付けのものはしっくり来そうです。

:食べ物とのマリアージュがどんどん思いつくワインですね。それぞれと合わせた時のワインの味わいの変化も今度体験してみたいです。

:ルクセンブルクに赤ワインもありますよ、と自信をもって言えますね。

 

:そういえば、ルクセンブルクではずっとリースリングなどの白ワインを作っていたんですか?

:ルクセンブルクワイン造りの歴史を簡単に振り返ってみましょうか。紀元前6世紀のローマ時代から始まったワイン生産は、中世の修道院によるワイン造りでルクセンブルク全土に広がりました。その後、1709年の記録的寒波でブドウ栽培が壊滅的な打撃を受けた際に、モーゼル流域の産地だけが生き残ったそうです。

1834年からルクセンブルクがドイツ関税同盟へ加盟していたこと、そして1870-1871年の普仏戦争後にドイツが実質的にルクセンブルク経済を支配したことなどから、ルクセンブルクワインをドイツ産ワインの原材料とする動きが生まれました。

:ルクセンブルクでワインの醸造までしてからドイツに運んでいたのですか?

:そのようです。当時ルクセンブルクで造られていたエルプリングという品種のワインは、ほとんがドイツに輸出されてライン地方のワインとブレンドされていました。

:ブレンドされてしまうなら、最終的にどんな味わいのワインになるか分からないですね。

:そこで、質より量を重視するようになってしまったと言われています。ただ、第一次世界大戦でドイツと切り離されたことにより、ルクセンブルクはワインビジネスモデルを転換する必要に駆られます。ちょうど、19世紀後半にヨーロッパのワイン産地を襲ったフィロキセラ害でルクセンブルク国内のぶどうの木がほとんどだめになってしまったこともあり、ワイン生産者たちは新たな道に乗り出す決意をします。

:ルクセンブルクワインの定義づけからですか・・・。原材料メーカーから脱却しオリジナルブランドとして売り出すのは並大抵ではないと、多くのOEMメーカーさんから聞きますよね。

:はい。今から約100年前の1921年に生産者協同組合を、1925年にワインぶどうインスティチュートを設立し、エルプリングではなく、より高品質なワインを生み出す品種の栽培を一から始めたんです。

:どんな品種ですか?

:リースリング、ピノ・ブラン、ピノ・グリ、オーセロワ、リヴァネールなどです。

:オーセロワを含め、現在ルクセンブルクを代表する品種の栽培はこの時からなんですね。

:今回、試飲しているドメーヌ・セプドールは、18世紀半ばからモーゼル地方でブドウを栽培していた一族なので、こうした変遷の渦中にいたわけです。

:ドイツワインの一部になったり、フィロキセラでぶどうの木が枯れちゃったりしたのも、全部体験されたんですね。

:その後、高品質白ワイン造りに成功し、今は温暖化でピノ・ノワールができるようになり、次はどこに向かうんでしょうね。

:セプドールの現当主のジャン=マリ・ヴェスクさんは、攻めの姿勢を貫いています。そのあたりも見ていきましょう!

 

(後編に続く)

 

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